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大原不動尊の由来、、、その3
 
昭和38年までは、大原交番の所に不動尊がありました。昭和の始めまでは、この地は三叉路で、南口商店街の通りはありませんでした。
道標には左品川道、千束道、右池上道と刻してあり、こに地は交通の要所であったことがしのばれます。

お堂は明治、大正と修復され、戦災を免れました。
昭和38年お不動尊の地と大原交番の地を入れ替えた時と、3度修復され、今に至っております。
お不動尊が安置される以前は庚申塚であったようです。
庚申塔4基(天和元年1681年が一番古い)と、不動尊台座になっている「六十六部廻国供養道標」一基(享保17年 1732年)があります。

庚申碑はお不動尊の台座より古く、この地は由来のある聖域であったようで、これら5基とも上蛇窪村の民間信仰の様相を示すものです。


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