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大原不動尊の由来、、、その4
  
大原不動尊が安置されているこの地は、それ以前より、上蛇窪村民の庚申信仰の聖地でした。
天和元年(1687年)の庚申供養塔の他、4基が造立されています。

庚申信仰は、昔、中国から伝わった道教の教えによると、人間の身体には生まれつき「三尺虫」(さんしちゅう)と言う三匹の虫がいて、人間の言動を一日中観察していて、任下3んが悪い事をすると残らず天の神様に告げ口をするそうです。

庚申の日には三匹の虫は鬼となり、人に禍(わざわい)をしたり、あなどったりし、又庚申の日の夜、眠っている身体からそっと抜け出し天に昇り、天上でもっとも偉い梵天帝釈という神様に、その人のさまざまな悪事を報告し、神様はその罪状により命を取ったり、寿命を縮めたりするそうです。

人は多かれ少なかれ悪い事をするものです。そこで昔の人は庚申の日の夜、眠らなければ虫は体を抜けることが出来ないと考えて、夜通し眠らず身を清め、一心に祈念することになりました。

これが室町時代の民間に広まり、江戸時代になると、神道、仏教の民間信仰と混合し、「庚申信仰」になり、庚申塔を建て供養することが流行しました。

千支の庚申(カノエサル)でも解かる様に、塞見(みざる)塞耳(きかざる)塞口(いわざる)という猿がつきもので、三匹の虫が「見ざる、聞かざる、言わざる」で、天寿を全う出来るように三匹は庚申塔に刻まれるようになりました。


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