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大原不動尊の由来、、、その7
   
大原不動尊のある この地は、江戸時代には武蔵国荏原郡蛇窪村 上蛇窪大原台という地名であった。

荏原郡は古くは、続日本紀(797年)に地名が記されている。
江戸時代になり荏原郡は、武蔵国二十二郡の中の1つで、品川町、大崎、蛇窪、小山、中延、戸越の各村が含まれていた。

蛇窪という地名は、鎌倉時代になると見られるようになる。
地名の起こりは、立会川や、そこに注ぐ小川等のじめじめした所に蛇が沢山いたので、単に蛇窪という地名になったと言う説がある。

又、鎌倉時代の承久の乱の頃、戦いに備え兵を集めていて所で兵備窪(へいびくぼ)と言われたという説がある。

蛇窪村はのんき通りをはさみ、上蛇窪(上神明)、下蛇窪(下神明)に分かれていた。